自分と向き合うことについて

 

夜分に失礼いたします。どうも眠れないのは、昨日深夜まできゃっきゃ騒いでしまったこと、今日起きてからお昼寝をしてしまったことにあるでしょう。そんな夜なので、だらだら書かせて頂きます。

今回の「自分と向き合うことについて」とは、普段から思っていることでもあり、仕事で毎回目の当たりにすることでもある、非常に難しいと思っている話。

 

突然ですが、私は特性が強い。らしい。そんなことないけど、ちょっと癖があるのはまあわかる。とにかくこだわりは強いと思う。私のこだわりポイントを少しあげます。

 ▼好きなもの

人は石原さとみ、キャラクターはキティちゃん、食べ物はアボカドと卵とチョコレートとりんご飴、色は白とピンク、本は川上未映子、化粧品はDior、服や小物はpaul smith

 ▼嫌いなもの

食べ物はあんことホワイトチョコレート、色は黒。

 

嫌いなもの少ないわね。

上記のこだわりについては、それじゃなきゃだめ!ってよりかは、それだったらハッピー!って感じ。でもさあみんなこだわりはあるよね。全くない、って人も中にはいるけど、それでもまあ私の周りにはこだわりのある人が多いわけです。

で、この「こだわり」が、「これじゃないと!!」って程だときっとかなり生きにくい。それでも、これじゃないと、な人もものすごく多い。

 

仕事柄、相手は2歳児だったり高校生だったり、そのパパやママだったりするんですが、例えば幼児でも自分のこだわりが確固としてある子はすごく多い。逆も然り。だから、大人にもこだわりが強い人がいるのは頷ける。

だからこそ、そのこだわりが叶わなかった時が大切よね、と思う。

こだわりが叶わなくて、自分の目的物が取得できなかった、という事実だけではなくて、「きっと自分は〇〇だからこうなったんだ」とか「どうせ自分じゃだめだったんだ」とかっていう、事実の先に続く部分で自尊感情をすり減らしてほしくない。

自分に自信を持てなくなって、新しいことにチャレンジする楽しみを見出せなくなるのはとてもつまらない。

もちろんそんな人ばっかりじゃないのは分かってるけど、いまの世の中そういう人が多すぎるんではないか。

 

そこで必要なのは、そういう目先のことは関係なく自分を愛してくれる人、例えば家族とか、友達とか、恋人とかじゃないかなと思う。

それが例えばカウンセラーとか、塾の先生だとか、なにも身近な人だけじゃなくても、自分自身が「この人は自分を認めてくれて、そのままで受け止めてくれるんだ」って思える人がいるってことではないでしょうか。

 

誰かに認められること、は、人として欲するものだけれども、大事なのはそれと並行して、それ以上に自分で自分のことをよく知っていなければいけないということ。

好きなものはこれで、嫌いなものはこれ、譲れないのはこれ、こうしたら落ち着ける、とかね。

例えば発達がうんぬん、とか、特性がどうこう、とか、そういうのもあるけどさ。誰かに認められたから自分を認められる人もいれば、自分のことを認められたからこそ誰かに認められたときに気付けたりもするじゃん。みんなにはみんなを大切にする権利があるから。

 

ちょっとなに言ってるか分からなくなってきた。落ち着いて。チョコレートでも食べよう。いや、夜中だからやめよう。健康診断前だし。

…じゃあ具体的にどうしたらいいのかって、そこを考えるのが私の仕事なんだけれども、やっぱり「こだわり」は難しい。人によりけり全く違うし、考え方のくせとか、生きてきた経験則とかもあるからね。

でも共通して言えるのは、周りの人を愛してほしいし、可能なら自分も愛してあげてほしい。

 

私は、学齢期に自分を認められなかったり、過度に期待に応えようとしてきたことから、アイデンティティ形成が不安定らしく、そのことで苦しむことがとても多かった。

半年前くらいまでの私は、自分と誰かを比べては、自分の嫌なところばかり見つけて、誰かを嫌いになって、そんな自分をまた嫌いになって、その自分を認められないからまた誰かを嫌いになって、の、嫌いスパイラルにはまっていた。さいあく。

そこで、いまの就職先の役員面接のとき、私の特性と、そのアイデンティティ形成の話をしてもらった。私はそれについてすごく考えて、そのことを認めることができて、結果すごく楽になった。

嫌いスパイラルは全くなくなって、今、嘘みたいに自分の置かれた環境や、周りの人や、自分を大好きになった。

 

私はものすごく単純だから、みんながみんな、そんなうまくはいかないかもしれない。でも、これを書いたことが誰かの、何かのきっかけになればいいなとも思う。

「こだわり」の話から「自己肯定感」の話になってしまった。繋がってるけど、少しずつずれていく。やっぱり私、文字としてのアウトプットはものすごい苦手。

うーむ。

 

とりあえず明日も楽しい1日になりますように。早起きできるかな〜〜。おやすみなさい!

ショコラの海に溺れたい話

お題「ちょっとした贅沢」

 

ご無沙汰しております。

前回更新したときから、かなりの日にちが経って、わたしは23歳になって、今までアルバイトしていた会社についに受かって、念願叶って就職した。

栄転ってやつなんだろうか。同じ会社と言えども配属は変わったので、2年間お世話になった職場に別れを告げ、新しい拠点を何個か飛び回っている。通勤時間が長いこともあってか、精神的、肉体的な疲労が、ぽちぽち。ぽちぽち。

 

そのためか、最近、たいへんチョコレートにはまっている。

都内のショコラトリーに出向いては自分のためにチョコを買って、毎日少しずつ食べる。

仕事があろうとなかろうと、疲れていようといまいと、毎日毎日少しずつショコラを消化する。

冷蔵庫には何個もボンボン・ショコラオランジェットのストックがあり、いくつかのブランドを食べ比べて、幸せな気持ちになっている。

これ、「ちょっとした」じゃなくて、「かなりの」贅沢ね。

特に好きなのはDEMELのオランジェット。まずオレンジの周りのチョコの、分厚くて濃厚なこと。オレンジの香りがチョコ本来の美味しさを全力で引き出している。口に含む瞬間の「パキッ」で幸せ度がたいへんに高くなる。とにかく幸せ。"猫の舌"シリーズはスウィート味が特に好き。気軽さとあの口どけのよさに毎回びっくりしちゃう。なめらかで安定的なおいしさ。

あとはヴィタメールも口にするのがおこがましいほどのハッピーさ。とくにボンボン・ショコラのセルフチョイスできるシリーズが好き。昨日食べておいしかったのは、フランボワーズ風味のガナッシュが繊細な薄さのチョコでコーティングされたもの。噛んだ瞬間に溢れるフランボワーズで、気を失いそうになった。

デオブロマは本当に最高。コニャックの入ったトリュフの、存在そのものがあるのかどうなのか分からなくなるくらいの口どけのよさ。唐辛子風味のボンボン・ショコラの、スパイスがショコラと絶妙に交わる時の高揚感。変わり種のチョコって実は苦手だったのだけれど、これはもはや変わり種ではなく、新しいジャンルとして確立している感ある。かなりのおいしさ。

 

あとは神としか言いようのない、ピエールマルコリーニにジャンポールエヴァンに…って、書いていくともう止まらないから、あとは割愛させて頂きます。

タイトルの「ショコラの海に溺れたい話」。

冒頭の話に戻るけど、4月から本当に通勤時間が長くて、往復4時間かかるの。だから電車の中でできる暇つぶしが本当に上手になった。そこで、携帯でドラマを見ることがとても多くなって、今回、失恋ショコラティエを改めて見たわけですよ。

失恋ショコラティエといえば個人的なエピソードがあって、3年前にこのドラマをリアルタイムでやっていた時、当時好きだった人と、それぞれの自宅でこのドラマを見ながら、同時に電話をしてたのね。

わたしは石原さとみがものすごく大好きだから毎回欠かさず見ていて、このドラマへの感情移入もすごかったわけです。

ちょうどその時見ていたのが、みんながばたばたと失恋する回で、まあお調子者なわたしは「うわ〜!わたしも失恋したい!」って口走ったの。電話口でね。

そしたら、その3日後にその彼からさよならを告げられてしまい、見事に有言実行。しくしく。

もう3年も経ったのに、そこから誰と付き合っても、皮肉なことにあの人よりも好きな人ができないので、口は災いのもとだなぁ、と身につまされたものです。

 

そんなこんながありまして、"失恋ショコラティエ"は、私にとってすごく怖いものになってしまっていたんですね。まあ失恋ショコラティエは何も悪くない。悪いのはお調子者なわたし…。

でも相変わらず、チョコレートも石原さとみも何なら松潤も大好きなので、心のどこかではまた見たいな、触れたいな、素敵だな、と思う世界だったのと、通勤中かなり暇だったことも相まって、勇気を出して見てみたら

まあ最高。

控えめに言っても最高。やっぱりわたしも失恋したい〜!イェーイ!ってなるくらい最高。

何なんだろうねこのドラマ。わたしの何かがバカになる感じがある。本当にきれいで、繊細で、愛らしくて、でも同じくらいドロドロして、醜くて、美しい。主要人物のほとんどが失恋して、何ならわたしも失恋した。

 

オープニングで松潤がショコラの海に溺れるシーン。ショコラを口にするたびに、あのシーンが脳裏に浮かぶ。口の中に溢れるショコラだけでなく、体中がショコラに溺れている気になる。

わたしはその度に、誰かをものすごく愛するような、そして失恋するような気持ちになる。でもまた口どけが恋しくて、ショコラを食べざるを得ない。もうそういう風にしか、幸せを感じられないのかもしれないとも思う。

3年前からなのか、チョコレートを食べ始めてからなのか、恋をしてからなのか、わからないけど、もうショコラの海に溺れたくてたまらない。

 

あー、ちょっとごめんなさい、チョコレート、食べてくるね。

 

 

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みー (23)

社会人1年目

 

口ぐせってすぐにうつって

お題「口ぐせ」

 

 

口ぐせってすぐにうつってずっと直らない

 

って、誰かが言ってた気がする。本当その通りで、つらいことも悲しいことも口ぐせは平気で見せつける。なんと悔しいこと。

後になってから、あ、あの人の口ぐせだったんだ、と思うときほど切ないのはない。

 

わたしの口ぐせ。

人に聞くと言われるのは「ではでは」「やったぁ」「かんしゃ」って。なんかバカみたいじゃない。基本、仕事で出るやつばかり。

あと無意識に「ちなむと (ちなみに の意)」って言ってしまう。これは心から直したい。過去の思い出がもやもやのやつ。

 

わたしは、口ぐせがすぐうつるタイプの人間なので、いまの口ぐせもきっと誰かのものだったと思う。

誰だか見当はついているんだけど、その人に「わたしの〇〇って口ぐせ、◻︎◻︎さんのがうつっちゃったんです」と言っても大体「いやいや、元々あなたの口ぐせだよ。わたしは言ったことないよ」と言われる。

みんな口ぐせって本当に無意識なんだろうなと思うと同時に、その口ぐせをわたしのものにしちゃっていいの?と思う。なんかそわそわするけど、もらってしまっている。どうもありがとう。

 

口ぐせのずるいところは、日常の中でその人を思い出しちゃう場面があるっていうこと。どんなに月日が経っても。

 

ではでは、そういうわけで。今日も1日がんばろう。もうお昼過ぎだけど。

Have a nice お盆!

 

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profile :
みー (22)
女子大 教育専攻
週に5日 下北沢でアルバイト 2年目

なつやすみ

 

わたしにも、夏休みがやってきた。

 

夏がきた。わたしは相変わらず、毎日同じことの繰り返しのような気がしてしまっていて、本当に毎日もったいない。

よくよく考えれば、非日常のような気がする体験をたくさんさせてもらっている。子どもと一緒に成長していく充実感、誰かを育てる責任感を日々感じている。ありがたい。

でも、休みがほしい。思考回路が停止するから。やっぱり、どんなに好きな仕事でも、絶対に休みはいると思う。

 

私は今までの人生、よく言う「ワーカホリック」タイプらしく。「Life to Work」と「Work to Llfe」のどちらかと言われたら前者を即答していた。つまり仕事は大好き。趣味も仕事。

と思って働きすぎたら、エラーがたくさん起きた。書ききれない。とにかく毎日イライラしている。かと言って、それを伝えることも出来ない。本当にめんどくさい、わたし。

大学があった頃はよかった。大好きな友人がいたから。彼女は話しをよく聞いてくれて、よく話してくれた。授業が終わって、色んなところへ行った。話すのも、彼女の話を聞くのも、ただただ楽しかった。しかし、前期の大学はもう終わったし、無事単位が取れればもう卒業。なんてこと。

 

でも、ここまで書いたすべては、休みがあれば万事解決する。そしてわたしはいま、やすみ。うひゃー。

念願の山梨に旅行に行ったり、ひたすらだらだらしたり、親孝行したり、そして、仕事のことをゆっくり考えたり。

今回の休みが終わったら、次の休みはいつだろう。そこまでしっかり充電しておく。

 

 

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 明野のひまわり畑

 

なにが言いたいかって、つまり休みは最高。

本当に、休まないと働けないということを身につまされた。しっかり休んで、いい仕事しましょ。

 

 

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profile :
みー (22)
女子大 教育専攻
週に5日 下北沢でアルバイト 2年目

 

忘れてしまうから

 

毎日毎日同じ日々の繰り返しのような気がして、気持ちの上下もなく毎日過ごしている。何もないのは幸せなことだけど、毎日訪れる出来事や変化や移り変わりを、今のわたしでしか感じられない温度を、忘れてしまう前に文章にする日があってもいいかな、とか、思ってしまった。

 
加えて、わたしは文章を書いたり、思っていることを言語化するスキルが著しく低いので、ここをそのスキルを鍛える練習の場にできたらいいな。
 
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今日は、大学の日。週に5日アルバイトをする中で、唯一の2日休みのうちの1日。
大学にいくと、友人に会えるただひたすらの楽しさと、なぜか懐かしさと寂しさ。
 
わたしは大学5年生で、留年生である。友人は皆卒業して行ったが、わたしはできなかった。卒業式の袴をキャンセルするのは心苦しく、親に申し訳なく、なんだか自分がみっともなく思えて仕方なかった。
幸いなことに、それでもいいんだよ、そんなこと大したことじゃないよと笑ってくれる人に囲まれて、わたしは再び大学に通い始める決心をした。
 
大学で残っている友人は1人。他にも卒業を迎えていない友人はいたが、もうみんなどうなってしまったのかわからない。
なんやかんや、わたしはとても楽しく大学に通っている。共にそこに通う友人は、1歳年上の、「ハッピー」を人の形にしたような人。明らかに目を引く美人で、優しさと賢さと傷付きやすさを持っていて、そしてそれを悟られないようにただひたすらに明るかった。彼女と一緒にいるとき、なぜか私は私を許せる気がした。
 
大学は、4年間過ごした、もういない友人たちのにおいがする。私は仕事の都合でほとんどの友人と休みが合わない。もしかしたらもう会うことすらできないのかもしれない。そんな寂しさすらも、この場所に来たら不思議と愛しく思えた。
 
10年後、3年後、半年後、もしくは明日の朝、わたしはどうなっているかわからない。わからないからこそわかること、今はただ、それを見つめていこうと思っている。
 
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みー (22)
女子大 教育専攻
週に5日 下北沢でアルバイト 2年目